(転記)子供について~妻の妊娠が分かって思う事~


素直に





妻がハンチントン病だと判り、それでも授かりものであればと子供を諦めない決断をして2年。妻が体調不良を訴えだした。




それまでは、近所のラーメン屋さんでの仕事を続けていたが店内にいるのも辛い状況になり辞める事になった。当初は、少量ながら服薬を始めた副作用かなとも思ったが、妻は思い当たる事があったようで自分で妊娠検査薬を購入して検査を行っていた。




私が仕事を終えて帰宅すると、複雑そうな顔で検査薬を見せて来た。正直、見方が解らなかったが言わんとする事は理解出来た。




私の感情で最初に来た波は、不安だった。真っ先にその子供は遺伝しているのだろうかと考えた。しかし、次に押し寄せた嬉しいと言う波がその不安を洗い流した。




勿論、妻が複雑そうにしている意味も理解出来たし、当然だと思った。だからこそ、思い切りの笑顔で「また、頑張らないといけない目標が出来たね」と声を掛けた。そこで、妻もやっと笑ってくれた。




病院と仕事場へ報告





まず、隣に住む大家さんに現状をご報告した。大家さんもとても喜んでくれて、ご自身の繋がりの中で一番信用出来る産婦人科医院をご紹介頂いたので、その場で電話を掛けて私の当直勤務前に受診する予約を行った。




当時考えたのは、ハンチントン病と妊娠を含む治療や経過観察は今まで通り大きな病院でお願いして、妊娠に関する救急対応は最寄りの産婦人科医院にお願いするというものだった。




翌日、予約した時間に産婦人科へ赴いた。待合室で見る物全てが今まで受診した病院には無い様な華やかなものだった印象がある。




医師との初診、妻が今の体調を含む現状の話しを、私が別途治療を行っているハンチントン病について説明を行った。そして、病院で改めて検査を行った結果、妊娠している事が確定する。




この時の医師の中に、ハンチントン病がどれだけ入っているか思い出す事が出来ないが、通院中の病院としっかりと連携を取って行きたいと言ってくれた事で信頼する事が出来た。




妻を自宅に降ろし、そのままの足で仕事へ向かう。少し早めに到着し、上司に時間を頂いて検査の結果を報告させて貰った。上司もとても喜んでくれ、時間調整などは協力するから遠慮なく言う様にとまで言って頂いた。本当にありがたい。




ただ、頭の片隅で別の事を考えていた。




出産に向けての選択肢





妊娠が確定してから初めてのハンチントン病の再診日。医師に現状を報告する流れでご報告をさせて頂いた。




医師には以前から私たちの判断を伝えてあり、最寄りの産婦人科医院からもご連絡があったそうなので、リアクションが薄かった印象しかない。しかし、サポートを申し出て頂けた。心強かった。




※この辺りの記憶が定かでな無いが、この時に服薬していたのは少量のセレネースぐらいで特別調整などは行わなかった。また、改めて子供に関するリスクをはっきりさせる為に遺伝子カウンセリングを受けたと思う。




帰宅する道中で、妻に対して今後の事について話をした。




これから起こるであろう病状の進行について。そして、それと平行して行わなければならない妊娠中のケアと出産、育児について。2人とも不安が無いとは言えなかった。介助や介護、育児も初挑戦だったからだ。




妻と話をしていて、色々ある選択肢の中から少しずつ絞られてくる事を実感した。




帰宅後、それぞれの親元に連絡を入れた。




妻の妊娠については、両家とも治療を続けながら妊娠を心配してはいたが、喜んでくれた。




ただ、妻から電話を替わった義父は私との会話の中で泣いていた。お互い言葉に詰まったので、「また遊びに来てください」と言って電話を切った。




それぞれの親と話しが終わって、妻に切り出した。




「これからの事を考えて、3人の親が居る故郷に帰ろうか」と。




妻も何となく考えていたらしく、満面の笑顔で賛同した。







心の声





・まだまだ認知度が低いハンチントン病だが、当時はまだ低かった。




・注目して頂きたいのは、発症しているのは母親であると言う事。




・皆さんは、なんの検査も診断も受けていないこの子を出産しますか?堕胎させますか?

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別のブログサイトで書いていた記事を転記しています。 新規記事は、連携している(https://ameblo.jp/hantintonkaigo)にて公開しています。

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